1. 背景
筆者は FINAL FANTASY 16 (以後 FF16 と略す) をプレイするために PlayStation 5 (以後 PS5 と略す) を購入した。 PS5 は HDR をサポートしたゲーム機であり、HDR に関して以下の特徴がある。
- HDR調整という機能があり HDR対応ゲームの表示を表示デバイスに最適化できる
- HDR のゲームプレイ動画を PS5本体に HDRフォーマットで録画できる
- 録画した動画は YouTube に HDRフォーマットで投稿できる
筆者は個人的な興味から PS5 本体に録画したプレイ動画の解析を行っていたが、録画データを観察しているうちに HDR調整と録画データの関係が気になった。 具体的には 録画データに HDR調整の結果が反映されるのか、PS5 本体に録画したプレイ動画を YouTube にアップした際に、HDR調整の結果によって動画の見た目が変わるのか、といったことが気になった。
そうした背景があり簡単な調査を行うことにした。
2. 目的
- PS5の HDR調整結果が PS5本体のプレイ動画の録画データに反映されるか調べる
- 上記の結果を元に、録画した FF16の HDRプレイ動画を YouTube にアップロードする場合の注意点があれば記載する
3. 結論
3.1. 結論1
PS5の HDR調整結果は PS5本体のプレイ動画の録画データに反映される。
そのため、例えば複数人のプレイヤーが同じシーンを録画して YouTube にアップした場合には、 各プレイヤーの HDR調整結果によって動画の輝度レンジが異なる結果となる。
確認のために 4種類のパラメータで HDR調整を行い、同一のシーンを録画した結果を動画1 に示す。
3.2. 結論2
YouTube へ FF16 のHDRプレイ動画をアップする際、PS5 の HDR調整結果は殆ど気にする必要はないと考える。 なぜならば YouTube にアップロードした動画を各種 HDR対応デバイスで確認したところ、HDR調整の結果によらず HDR感のある動画として知覚できたからである。
一方で、データレベルでは高輝度のシーンの描画結果には差異があったため (図1参照)、気になるユーザーは録画をする時だけ HDR調整の Highlight側の Adjustment Index (※1) を 15 以上に設定することをオススメする。
※1 Adjustment Index については後述するが、一旦ここで Index とターゲット輝度の関係を図2 に示す。
図1. 異なる HDR調整結果での輝度の比較 | 図2. HDR調整の Adjustment Index と輝度(推測値)の関係 |
3.3. 使用機材、ソフトウェア
検証に使用した機材とソフトウェアは以下の通りである。
名称 | バージョン |
---|---|
PlayStation 5 (CFI-1200B) | 23.01-07.40.00.06-00.00.00.0.1 |
FINAL FANTASY 16 | Version 1.02 |
Elgato 4K60 S+ (HDMI キャプチャ機材) | 不明 |
Elgato 4K Capture Utility | Version 1.7.6 |
4. 結論に至までの経緯
4.1. PS5 の HDR調整に関する調査
始めに PS5 の HDR調整に関する調査を行った。結果を以下に示す。
4.1.1. HDR調整の概要
HDR調整は PS5 の 「ホーム」->「設定」->「スクリーンとビデオ」にある設定項目である。
取扱説明書には テレビに合わせて明るさを構成することで、HDRを最適化してより美しい映像を体験できます との記載がある。 この「HDRを最適化して」という文言が具体的にどのような処理を意味するのかは不明だが(※2)、上記の文言から PS5 内部で HDR調整の結果に基づきゲーム映像に何らかの処理が適用されることが推測できる。
さて HDR調整の具体的な内容だが、調整は 図3~図5 に示す 3種類のパターンを使って行う。 プレイヤーは各パターンの明るさを変更して使用している表示デバイスに最適なポイントを探す。
図3. HDR調整 (1/3) | 図4. HDR調整 (2/3) | 図5. HDR調整 (3/3) |
パターンの明るさ変更は 32段階 or 16段階で行うことができる。図3 と 図4 の調整は 32段階、図5 は 16段階の調整となっている。
4.1.2. HDR調整の用語整理
さて、突然だが本記事では 図3、図4 の調整を Highlight側の調整、図5 の調整を Shadow側の調整と呼ぶことにする。 理由は名前を付けないと記事が書きづらいからである。なお、これは筆者独自の呼び方であり一般的な呼び方ではないことに注意して頂きたい(※3)。
同様に 32段階 or 16段階の調整点を Adjustment Index と呼ぶことにする。
※2 そこそこ調べたのだが処理内容に言及している公式の文書は見つからなかった ※3 そもそも一般的な呼び方が分からなかったので筆者は独自の呼び方をすることにした、という背景がある
4.1.3. Adjustment Index と対応する輝度の関係の調査
さて、ここまで調べると Adjustment Index を変化させた際のパターンの輝度が気になってくる。 そこで筆者は自宅にある Elgato 4K60 S+ (以後はキャプチャ機材と呼ぶ) を使って調査した。
Adjustment Index を変化させた際の信号の生値をプロットした結果を図6に、それを輝度値に変換した結果を図7 に示す。
図6. 信号生値のプロット結果 | 図7. 輝度値に変換後のプロット結果 |
図6、図7 を細かく観察すると、グラフは歪んでおり また最大値も 10000 nits に達しておらず不自然なことが分かる。 筆者はこの原因はキャプチャ機材に問題があると考えた。そこで少々乱暴ではあるが上記のグラフを推測に基づき修正することにした。
修正後の値を以下のテーブルにて赤字で示す。また、グラフをプロットしなおした結果を図8、図9 に示す。
項目 | 生値(測定値) | 生値(修正後の推測値) | 輝度値(測定値) | 輝度値(修正後の推測値) |
---|---|---|---|---|
Highlight | 517 ~ 1006 | 520 ~ 1023 | 97 ~ 8536 | 100 ~ 10000 |
Shadow | 0 ~ 144 | 0 ~ 152 | 0 ~ 0.832 | 0 ~ 1.00 |
図8. 信号生値のプロット結果 (修正後の推測値) | 図9. 輝度値に変換後のプロット結果(修正後の推測値) |
なお、図6~図9 は HDR調整時の Adjustment Index と輝度値の対応関係を示しただけである。 ゲームの出力輝度が Adjustment Index の輝度値に制限されるとは限らないので誤解のないようにして頂きたい (※4、※5)。
※4 PS5 の説明書に書かれているのは「HDRを最適化してより美しい映像を体験できます」という点のみであり、出力輝度の範囲に関する明確な記述は無い ※5 筆者が確認したところ FF16 のゲーム画面は Adjustment Index で設定した輝度値よりも高い輝度値も出力されていた
4.2. HDR調整と PS5 の録画データの関係
さて、これまでの調査で HDR調整の概要は理解できた。続いて FF16 のゲーム画面がどのように変化するかを確認した。 まず筆者は PS5 本体にプレイ動画を録画した際に HDR調整の結果が適用されるか確認することにした。
なぜ、このような確認をしたかというと、筆者は HDR調整が適用されるのは HDMI出力のみで、内部録画データには適用されないと推測していたからである。 しかし確認したところ、HDR調整の結果は HDMI出力と内部録画データの両方に適用されていた。確認時のゲーム画面の輝度分布の比較を図10 に示す。
図10 の各ブロックの説明は以下の通り。右上と右下の輝度レンジが一致していることから、HDR調整の結果は内部録画データにも適用されることが分かる。
場所 | Highlight側の Adjustment Index | 対応する輝度 | 確認対象 |
---|---|---|---|
左上 | 31 | 約10000 nits | HDMI出力 |
右上 | 0 | 約100 nits | HDMI出力 |
右下 | 0 | 約100 nits | PS5 内部録画データ |
4.3. PS5 の録画データの YouTube 投稿結果の目視確認
4.3.1. YouTube 投稿結果の目視確認を行う理由
ここまでの調査で PS5 の録画データに HDR調整の結果が適用されることが分かった。 最後に HDR調整が適用されたデータをそのまま YouTube にアップロードして問題がないか簡単な確認を行った。
なぜこのような確認を行ったかというと、ユーザーの使用している表示デバイスの輝度レンジの差によって以下の問題が生じることを恐れていたからである。
- ユーザーA は ピーク輝度 400 nits の Display HDR 400 対応モニターを所有していた
- ユーザーB は ピーク輝度 1600 nits の iPad Pro を所有していた
- ユーザーB は ユーザーA が投稿した FF16 のプレイ動画を視聴した
- ユーザーB は「なんか高輝度が出ていなくてHDR感が少ないな~」という印象を持ってしまった
4.3.2. 確認手順
確認は以下の手順で行った。
- ① 以下の表に示す通り Highlight側の Adjustment Index を 4種類用意した
Adjustment Index | 対応する輝度 | 用意した理由 |
---|---|---|
0 | 約100 nits | 参考比較用に理論的な最低値を指定(目視評価のターゲットではない) |
9 | 約400 nits | 実用的な最低値を指定。Display HDR の最低グレードに合わせた |
15 | 約1000 nits | 映像制作市場における基準輝度が 1000 nits であるため指定 |
25 | 約4000 nits | 個人的にありそうだと考える最大値を指定。Dolby Vision の基準輝度 |
- ② それぞれのHDR調整が適用された FF16 の HDRプレイ動画を PS5にて録画した
- ③ 比較しやすいよう DaVinci Resolve を使って 4つの録画データを結合し YouTube にアップロードした
- ④ 輝度レンジの異なる 5種類のデバイスで YouTube にアップロードした動画を視聴して問題ないか確認した
目視確認に使用したデバイスおよびスペックを以下の表に示す。
機材名 | ピーク輝度 | 確認環境 |
---|---|---|
Pixel 4 XL | 約450 nits | YouTube App Version 18.25.39 |
G3223Q | 約600 nits | Microsoft Edge Version 114.0.1823.67 |
BRAVIA 65X9500G | 約1200 nits | YouTube App Version 3.05.003 |
iPhone 13 Pro | 約1200 nits | YouTube App Version 18.25.1 |
iPad Pro 12.9-inch (第5世代) | 約1600 nits | YouTube App Version 18.25.1 |
なお、確認に使用した動画は結論欄に貼り付けた動画である。念のため以下に再掲する。
4.3.3. 確認結果
さて、各デバイスで視聴した結果であるが、筆者が観察した限りでは Adjustment Index 9 (約400 nits) でも十分に明るさを知覚でき、特に暗いという印象は受けなかった。 もちろん、ごく一部に存在する高輝度領域では白飛びによりディテールが失われることもあったが、動画を一時停止してコマ送りしないと気づかないレベルであった。 そのため、筆者は冒頭の結論で述べた通り YouTube への動画のアップロード時に HDR調整の結果は気にする必要ないと考えている。
なお、この結果は FF16 の HDRプレイ動画の結果であり、他のゲームソフトでも同じ傾向にあるかは不明である。その点は注意して頂きたい。
5. 感想
HDR調整の内容が気になって FF16 のプレイを中断してブログを書いていたが、これでやっと FF16 のプレイを再開できるぜ。